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2008年01月18日 (02:26)

部屋と猥雑と私

部屋を掃除したり、模様替えしたりしていてもたまに感じるんですが、格好いいお洒落な部屋にしたいなぁ…って思いながらあれこれ考えてやろうとしていても、あまり綺麗に恰好ばかりよくても、今の自分自身という存在には分不相応になるのではないか?という漠然とした悩みに苛まれます。部屋というのも一種の本来、思想とかそういった類の脳内のインテリアがエクステリア化したものであるから表現の一種だと思うんですが、表現っていうのは結果であって、本来、目的ではないのではないかと。表現することを目的にするのは本末転倒なのではないかと。アーティストなどは表現すること自体を仕事としてますが、それはその人自身の生活という営みが素晴らしくなければ、つまり背景がなければ表現はともなわないのだろうなぁと、素晴らしい歌手はその送ってきた人生を背景とすることで初めて魂が宿り味がでてくる。それが私がカラオケに行かない理由でもあるのですが、それはおいといて。私の唯一の表現手段である、文章表現をするにしても、よりよい表現者であるためには、よりよい生活ないしは命の営みを磨かなければという、でもそれをてっとりばやく想像力で跳躍してしまおうという匙加減によって排出されてるのがこの文章なんですが。自分が変わったから、部屋を綺麗にしようと思うのか、それとも部屋を綺麗にしたから、自分が変わったのか、そのどちらかが判らないと不安な感じがするのです。後者である場合、それは自らを偽るフェイクなのではないかと、一抹の罪悪感をさえ覚えるほどなのです。しかしながら掃除をすると、自分自身の心が洗われる気がするのは、確かなので、そういう考え方をすればいいのかな。それでも自分自身の心を洗う為に、掃除をするというのは不純な動機なのでしょうか。例えるなら雨を降らせる為に車の洗車をするみたいな。それが私が文章を書きにくくなった心理状態にも繋がっているような。ただ文章と思考が相互作用して成長していく過程もまた楽しいので、こうして結果を考えずに書くのもたまにはいいかな。この仮想空間上で人格を偽ることは覚えたので、偽るならとことん偽って、この世界そのものをだましてしまおう。それを超えて、世界そのものを擬人化してしまおう。結果としてそうなった世界が、あてどもなく漂う人影につられて、何かを伝えようとゆらめいている。私はその手をしっかりと引いて、さっと離す。世界は崖のそこに真っ逆さま。ざまあ見ろ。と、部屋の掃除をしながらこんなことを考えてる。まずは頭の中の掃除をした方がいいかもしれない。

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