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2007年06月09日 (15:53)

不確かさの中にある安心

普段は温厚なのに、ちょっと注意されるとキレたり。メールの返信がちょっと遅かったりするだけで不安になったり。「全て」とか「絶対に」とかいう言葉が軽々しく跋扈する、こうした現代人特有の気質の根元はなんだろうと考えた。思うに「全にして個、個にして全」的なふた昔前に流行ったニューサイエンス思想が影響しているのではないだろうか。そしてこれはもしやデジタル的な思考と結びついているのではないかと感じた。

部分を受容する難しさ。注意されるという、部分を否定されただけで、全存在を否定されたと思いこんでしまったり。メールの返信が遅れただけで、全ての関係が断絶してしまったような錯覚に陥る。甚だ滑稽である。部分をもっと受容すれば、注意されたときも、部分的な欠点を指摘されたにすぎない、と受け取ることができるのだが。反対に人の欠点に気づいたときも、全てを毛嫌いすることもないのに…。

小さな希望という部分すらも、全体とみなしてしまえば大いなる絶望になってしまうこともある。しかしもはや人類はそこからアナログ思考に回帰することなどできそうもない。そこでデジタルとアナログをさらに飛躍して、量子力学的思考というものを獲得すればいいのではないかと突拍子もないことを考えた。そうすればもう「繋がっていないと不安」という事態に陥ることすらない。そもそも完璧な断絶などというものはないのだから。「別れ」すらも「永遠の関係性」として、なんらかの結びつきが永遠に残っていくのであれば。そうした不確かさの中にさえ、安心を見出すことができる。

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