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2012年08月26日 (20:13)

未来人

過去を変えるために、未来からやって来た自分は、今の自分に何と云うのだろうかとふと思う。頑張れというだろうか、頑張るなというだろうか。一体全体何を?ありがとうというだろうか、ごめんなさいというだろうか。一体全体何が?きっと僕は何も理解できないで、だから言うことも聞かないで、これから十年、二十年と生きてゆくのだろう。

仮に十年前に戻って、十年前の自分に何と云えばいいのかなどすぐには思いつかない。そのままでいいと思い、そもそも自分に会ってはパラドックスが起こる危険があるし、バタフライ効果も考慮して、会うことはままならないだろう。それでもどうしても伝えたいことがあるのなら、誰かの脳内に気持ちだけを転送し、その人物を助言者に仕立て上げて、云ってもらう方法をとらなくてはならない。

考えてみれば色々な人に色々なことを云われてきたような気もする。それは世間一般の有り体な人間として生きてゆく過程で、クリアしなければならないハードルのようなもので、僕はそんなものはバカバカしいものだと思っていた。後悔しないようになど云われても、後悔のない人生などはないと達観し、さらにはその代償として得た状況に感謝することで、超越しようと試みたのだ。全ては二律背反。良い面だけを見ることができればいい。

そして今、目の前の十年前の私を見て思う。「どうか私のようにはならないでくれ」と。私の人生はたぶん間違えてはいないが、たぶんあってはいない。そしてそれは楽でもあり辛くもある。でもその眼前にある過去の私を前にして、私は「なんとかなるよ」としかいえなかった。「なんとかなりますね」と応えた十年前の私は微笑んだ。きっとそれは安心と不安と希望と絶望がない交ぜになった感情で、反芻するように、思い出すように、その感情が過去の自分の中にあったものだということを想像し、過去の自分が現在の自分に会いに来てくれたような気がして、それに続く言葉を飲み込んだ。

ひとつは拡散し、全ては収束する。運命は確実に不確実で、不確実に確実だ。現在は永遠に続いていて、過去はいつでも現在に戻ってこれる。ほんの少しの勇気によって、失敗した、失った過去を、取り戻すことができる。夢にまでみた光の道を歩くことができた。そしてそれもまたもう過去になった。でもそれでいい。本当にそれでいい。その過去は永遠の現在のなかにあって、懐かしい現在のなかで、私はいつの間にか未来にいる。過去を眺むれば「未来の自分よ、待ってろよ」と過去の自分が云っている。それなら私はもう少しここにいよう。

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