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2008年12月08日 (01:02)

そいえば最近、昔VHSに撮り溜めていた、シャーロックホームズの冒険を観てます。ホームズがこんなことを言っていました。

この薔薇のなんと美しいことか。
これは何の推理も必要としない。
宗教もそうです。
この薔薇は神が作りたもうた正確な科学です。
神が存在しているという最高の保証は、
この花にこそ見られるのです。
美しいものを我々に与えられるのは神。
従って、我らは花に希望を託して生きているのです。


僕は神とかは信じていないのですが、なんというか最近、心境が変わってきたというか、経験による心の蓄積から神とかそういう概念について、わかってきました。神とは、信じるとか信じないとかいうレベルのものじゃないということです。つまり、今、目の前にある花を信じるも信じないもなくて、それはただあるだけで、見えてしまっているものを、今さら信じたり、信じなかったりすることはナンセンスというか、つまり論理とか科学すら、この心を措定できていない時点で盲目的であり、そこに目をつぶることで、この資本主義的な社会という共同幻想の中で生きる意味などというものをかろうじて捏造しているに過ぎない。そういう意味では、科学とか論理の方こそ疑わしい、信じたり、信じなかったりできるゆるぎやすいものではないか。人が作り出されたものは疑わしい。しかし神が作りだしたものは疑えない。存在そのものを疑えない、ということがつまり存在しないものさえ疑えない、ということの背理である気がするのです。しかし皮肉にも、神が作り出した人、その人が作りだしたものという過程において、純粋が失われる。純粋こそが、神であるなら。不純であるその人間は、もはや人間は神を操る夢見るリモートコントローラー。
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