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2008年10月20日 (22:49)

自我という鏡

自我についての考察。脳がミラーニューロンによって、コピーされる共感作用は、何も鏡や他者に対してだけではないのではなかろうかと考えた。

そう、つまり自分自身をもコピーしている感覚。自我もまた自我を複製し続けているのではなかろうか。その時間の中でこそ意識が生まれることからも明らかだろう。停止している私に意識は宿りえない。自我内に於いても、主と客の間にミラー的な相互作用が発生していると考えると、相互作用とは、つまり複製に近い作用であって、この「私 私 私 私」の関係は、縦ではなく横である。私は私がいるということを俯瞰しているのではない。私は私がいるということをもうひとつの自我という鏡を通してみているのだ。

その関係によってのみ意識がクオリアを伴うのであって、「私」というひとつが私なのではなく「私 私 私 私…」という全体がひとつの私であると考えた方がよいだろう。これはニューロンひとつでは脳として成立しない、ニューロンが結びつくことによって、また発火することで成立しているのと相似している。

文字もまたひとつでは成り立たないのと同じように、その連なりによって意味が発露するではないか。右脳と左脳が別れた意味もまた、鏡の必要性があったからであり、それが更に細切れに細胞分裂を繰り返した意味もまたコピーであり、鏡の世界を作り出すことでの意識の創造であったのかも知れない。

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