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2008年09月26日 (13:59)

人の不幸は蜜の味

最近、親と子の殺人事件が多いですね。ぼくは、お涙ちょうだい的なのが嫌いです、というか人の不幸を見るのが嫌い。 それが虚構ならまだいいんですが、現実となると別です。例えば身体障害者を特集しているテレビとか、それをエサにしてまで視聴率を稼ぎたい姿勢と、それをみて「可愛そうに」と思いたい神経が厭。

でもねぇ、線引きが難しいんですよこれって。例えば昨日やってたワールドトレードセンターのテロ。あれ最初見た時は、「うわーすごい映画みたい」っていう感想しかもてずに、すごかったねぇと、次の日に話していた自分を後から嫌悪した記憶があるんです。

だって、その時、たくさんの人が苦しい目に遭っていて、ぼくはそれに共感できずに、ビルが崩壊するという派手な表面だけをみて騒いでいただけだったから。でも最近、なんかそれがいちばん人間的な気がしてきてます。テレビの向こうは自分とは関係のない世界でいて欲しい願望というか、現実ではあるけれど、対岸の火事的なものなんです。

そういう姿勢がすごい悪者になってしまう世の中(←あくまで自分が考える世の中)になって、住み難くなったなぁって感じですね。被害者ひとりひとりの身になって考えて、涙しなくてはならないという強迫観念。でも待てよ。共感しないといけないのはなにも被害者だけじゃない。加害者。つまり犯人がどうしてそういうことをしたのかを本当に加害者の気持ちになって共感して考えなくてはならないんじゃないか?

そこまで考えると、世の中には、

「どんなに辛くたって、やってはならないことがある」

という正論がまかり通っているわけです。母が子供を殺した事件だってそうですね。子供は可愛そうなのはいいんです。母がどういう気持ちで殺したかに共感したいのに、

「どんなに辛くたって、やってはならないことがある」

という正論でもってテレビは思考停止を促してくるんですよね。なんか違うよなぁ。じゃあどうして私達はそういうニュースを見るのか。どうして報道しているのか。視聴率の為。いや、単に面白いから。快経験だからなんじゃないのかな…。昔話の最後は必ず「めでたしめでたし」のようになんらかの救いのラストを期待するのが人間。ワールドトレードセンターで亡くなった人たちは英雄となり、子供を殺した母親は、母親は、母親は…

どうなるんでしょうね。まあ、私には知ったこっちゃないんだけどね。

「え?」

「最悪ですか?」

「殺した人間が?」

「私が?」
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