--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011年09月28日 (22:41)

光よりも速く

そういえば光の速度よりも速い物質が発見されたそうですね。アインシュタインの相対性理論が間違っていたということなのでしょうか。となると光より速い物質が発見されたから、過去へのタイムマシーンができるっていうのも、抑も光速度不変の原理に基づいた考え方だから、間違いな気もしてきます。第一、「時間がある」と思っているのも、間違えなのかも知れません。もうなにからなにまでが思い込みのような気さえしてきます。なのにそんな法則によって核爆弾が作られ、原発は爆発したのです。それこそが気のせいならいいのに。全ての価値が等価変換可能だとするなら、幸せも不幸せになるのでしょう。光の速さで動けば、時間が止まる。それなら時間を止めれば、物事は光の速さで動きはじめるのでしょう。でもそんな考え方はもはや古くて、何もかもが相対的なのでしょう。マッハの法則と恣意的な差異の考え方も似ている気がします。光の速度が絶対ではないのなら、無限の速度で進むことも可能なことになります。ビックバンではじまった宇宙は、膨張し続けて、やがて収縮せずに、膨張し続けることになっているようです。膨張し続け、無限の速度に近づいて、やがて拡散しきった宇宙は、星たちは無と等価になるのでしょう。そうすればまた同じものがそこから生まれるのかも知れないし、もうすでにそうだったのかも知れません。
スポンサーサイト

2011年09月27日 (23:19)

光の速さで

そうか、ぼくらはすでに未来へ向かうタイムマシンに乗っているんだ。
カテゴリ : 未分類記事のURL コメント (0) トラックバック (0)

2011年09月03日 (19:09)

無題

とりとめのない感覚。白をベースにした。色を徒にノイズのようにカラフルな。

取り乱される感覚が、嘗てのあの感覚と同じだと気が付くまでは。

やや狂いそうな程の乾いた昂揚に支配された。

そうかあれと同じだ。そう気づいて取り戻したが、取り戻さずに、溺れたくもある気がして、

引き続き喪失しない程度の閾値を保って、耽溺しようと欲する。

私は強くなっている。傷つくことで、強くなったのだ。

その以前の過去の私がいたからこそ、今がある。過去の自分よありがとう。

音が、色に変換されるのと同じように、過去の感覚にまで浸食が及び始めた。

全てが同じになった時に、私は共起し、驚喜し、狂気し、凶器し、強記するのだ。

ふと我に返ると、窓をゆらす風の音が聴えた。台風が近いやうだ。

もうその音からは何も見えない。一生懸命に音から色をみようとしている、自分が、

酷く滑稽にも想えてきたが、音を音としか聞けないことが、

何も見えていないようにしか想えなくなり、少し哀しくもあった。

喜びの中に喜びしか見出せない人は不幸だ。

喜びの中に哀しみを見出せる人こそ幸せだと想った。

それは喜怒哀楽にはじまり全ての物事に通じる気もした。

でもそんなことは普段は気が付かない。

音が音でしか聴えないうちは、死は死でしかなく、生は生でしかない。

私は私でしかない。
Calendar
08 | 2011/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
Category
Recent Entry
Monthly Archieve

Appendix


内部リンク

Connect

Twitter
Links
RSS
Search
登録ツールズ+
Visitor

リンクを画像表示
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
言言言言言言言言言言言言言海海海海海海海海海海海海海波波波波波波波波波波波波波列列列列列列列列列列列列列
リンクフリー・アンリンクフリー。無断転載・無断利用を禁止します。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。