--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010年10月31日 (18:31)

鬱の原因

なんとなく鬱気味になったので、その原因を考える。

ひとつの原因としてアイデンティティの欠落。自己同一性、それは記憶によって形成されるという。過去から現在までの記憶、そして軈て到来する未来への記憶が一条の糸のようになり、私が私であるという実感を伴うことができるといった所だろうか。私はその記憶を情熱の記憶によってのみ取り繕おうとする嫌いがあるから、畢竟、情熱がなくなった時点で、過去の己はまるで他人のような存在になってしまう。あの頃は、くだらないことに熱中していたけれど、今はなんだかがらんどうのように思えてきて、鬱になるのようなそんな感覚。

ひとつの原因として幸福の限界説。禍福はあざなえる縄のごとしと云うが、満足や安心をした時点でなんらかの不安を抱えてしまうのも二律背反のひとつなのだろうか。希望を抱く人間は既に絶望している。希望とは絶望の中で、思い描く光の幻だから。

ひとつの原因として気づく力の増長。人は如何に気づけるかによって人生が変わる。いうなれば如何に岡の上に立って八目先に気づけるかだ。しかし気づきすぎてしまうことは、大いなる思い違い、思い込み、苛立ちを同時に生み出してしまう。だからといって鈍感力を養うというのも本末転倒だが、気づかないふりくらいはしておきたい。

ひとつの原因として依存的な疑問符。「どうして、どうして、どうして…」という問いかけは次第に、他者へ刺さる矢となる。子供が仕切に親へ投げかける問いのように。責め立てた言葉はそっくりそのまま自分に返ってくる。何故にそこまで意味を求めたがるのか。否、その問いは意味を求めているのではない、同意を求めているに過ぎない。意味のない疑問だけが空回りすることで形成された関係性には、当然ながら意味はない。その空虚さに拠る。

…と、他にもいくらでも思いつきそうなので、この辺にしておこう。こうして書き出すことで、バランスを保っていた、絶望しながらスキップしていた過去の自分を意味もなく思い出して満足したのだった。
スポンサーサイト

2010年10月24日 (03:57)

一年一組

エントランス付近。警備員の電話の取り次ぎが遅いので、私は一年一組からやり直すことにした。席順は1番目ではあやしまれるかも知れないから、真ん中付近の一番前の席に決定する。あまりにも大きめな図体に皆が注目するが、先生は許してくれる。このあふれ出てくる知識が、羨望の的になるはずだという期待と不安。先生は指名手配犯の記載されたわら半紙を頒布するが、こっそりと先生の鞄の中を覗くと、隠された銃の形は、その資料と一致していた。この男が犯人だ。教室を出て行く先生を、ひとりの男が教室の外から捕らえようとすると、気づいた先生が本性を現し、特殊な能力で捕らえられた男がもがいている。もうひとりの女がそれを見て、助けようとする。先生はひとりの男の指先に、光のワームホールのようなものを発現させて、その内部にある虚構の世界に捕らえてしまう。慌てふためく男と女のふたりをほくそ笑むという先生の構図。教室の世界の外側が、突如消えて、先生だけが虚構の世界に取り残される。初めて異変に気づいた先生は、逆に捕らえられていたことに気づく。危なかった。こうして私は、自分の小さな部屋の片隅に、三角形の穴を手に入れる。そこには無限にループする袋があって、その袋から湧き出る、同じパターンをした小さなドラえもんのぬいぐるみのようなものが宛延と湧き出している。それを三角形の穴に注ぎ込むと、それが再び袋から湧き出る。その過程の中に、時折、別の物体が混ざっていて、私はそれを摘出することに喜びを覚える。数種類の食糧。ジャージなどの衣類。古い写真のネガ。私はそのうちの古い写真のネガを現像して、外にある皆が集まる郵便ポストがならぶ「とある橋」に、赴き、先日の先生宛のポストに投函する。戦時中に焼けたはずの、在るはずもないネガ。その写真。過去の先生を撮った、自身さえ記憶にない写真の数々を捲る毎に、不思議と感動の波動に包まれる。私は一年一組からやり直して良かったと、「とある橋」にいたこないだの女にゲームの進捗状況を話した。その女はまだ男からあるアイテムが投函されないのをぼやいていた。そうだな、もしあの袋からそのアイテムが出てきたら投函してやろうかなと考えながら、橋をあとにするが、すでにそのアイテムが何なのかも忘れていた。話を聞いていないいい加減なやつだと思われるかもなと、いらぬ心配をしながら、目が醒めた。

2010年10月13日 (01:29)

何も考えずにここまで歩いてきたけれど

それが正しいかなんて誰が決められる

いつだってぼくは外しか見えない瞳の中にいて

本物の太陽を 鏡の中に探していた愚か者だ

夢にさえ気づかされて 朝は驚きに満ちている

今が正しいかなんて 誰も決められない

遠い未来にある道にさえ

鏡の中には偽物しかないのに

そこから飛び出た炎にぼくは焼かれた

燃えてゆく中でそれが本物だとやっと気づいた

それが正しいは やはりぼくには決められない

決めるということは 許すということだから

それは過ぎゆく時の中で 決められること

だからぼくはこれからも 何も考えずに歩いてゆく
カテゴリ : 散文詩記事のURL コメント (0) トラックバック (0)
Calendar
09 | 2010/10 | 11
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
Category
Recent Entry
Monthly Archieve

Appendix


内部リンク

Connect

Twitter
Links
RSS
Search
登録ツールズ+
Visitor

リンクを画像表示
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
言言言言言言言言言言言言言海海海海海海海海海海海海海波波波波波波波波波波波波波列列列列列列列列列列列列列
リンクフリー・アンリンクフリー。無断転載・無断利用を禁止します。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。