--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008年08月22日 (14:11)

よくわからないこと

よくわからないことがあります。
よくわからないからうまく言葉にできない。
どうにかそれを言葉にしてみたい。

なのでちょっと言葉にしてみたのです。
「qあwせdrftgyふじこlp…」
よくわからないのでうまく伝わりそうもありません。

よくわからないことを よくわからないまま
よくわからないように 伝えたいという矛盾。

考えてみるとよくわからないことが多すぎます。
例えば日常生活では、あの人は何を考えているのかなとか。
生きている意味とか、ここに存在していることとか。

いま自分が何を書こうとしているのかも
なんだかよくわかりません。
よくわからないということだけはわかります。

よくわからないから、きっとそうなのだと決めつけたくなります。
よくわからないから、考えてしまいます。
よくわからないから、理解しようと努力します。

よくわからないことが、良いことのような気がしてきます。

よくわからない人たちが私を罵倒し、
よくわからない世界を彷徨い
よくわからない自分の内側を探ります。

そしてよくわからないものを、手に入れます。
なるほどこれは確かによくわからない。
形もいびつだし、意味もなく光っていて
何も語ろうとせず、だんだん遠ざかって行きます。

だからそのよくわからないものに
忘れないように、そっと名前をつけます。

そして思い出します。
いつかつけた名前と同じものだということを。

スポンサーサイト
カテゴリ : 散文詩記事のURL コメント (0) トラックバック (0)

2008年08月20日 (00:04)

欠落こそ

欠落があるからこそ、詩として成立する。物語の主人公は必ず何らかの欠落を抱えている。それを補う為に出る旅が物語となる。そこに共感するということは、完全な人間などには人の心を動かす力はないということだ。欠落があるから人間であり、欠落そのものが詩であるなら、人間自身もまた詩である。

2008年08月19日 (01:07)

五行詩

たとえそれが君というクダラナイものでも

クダラナイことにこそ情熱を燃やす価値がある!

誰もがありがたがる価値なんてクソ食らえ!

当たり前の風景を ゆがめて描き いろとりどりの

こねくりまわした真実で 世界を創ろうとしていた

2008年08月19日 (00:39)

無題

ガラスのような心
傷つけそうで触れない
綺麗すぎてひびかない
お互いを傷つけるような
どんなに過激な言葉も
もうぼくを動かさない
もう誰も本気じゃない
血も涙もないから
ささやくようにあなたを殺す
隣の牢獄にいる
そこはもう自由
特別な何かになった
ゆがんだその顔
そのままに気づけない
あるがままが見えない
水たまりは 水たまり
水たまりに 映ったぼくは
ぼくは ただぼくだ
カテゴリ : 散文詩記事のURL コメント (0) トラックバック (0)

2008年08月19日 (00:39)

使い捨て

ほんの些細なことが

今のこの倖せな安定を

壊してしまいそうで怖い

たとえばそれは使い捨てカメラ

ファインダーを覗くと

君が泣いている

哀しみの涙か、安堵の涙か

わからなくて

ぼくはずっとシャッターを切れない

感情までが

使い捨てになりそうで
カテゴリ : 散文詩記事のURL コメント (0) トラックバック (0)

2008年08月12日 (01:38)

やる気はあるけど

なんだか漠然としたやる気があるんですが、それが空回りしてアイデアが浮かばない感じで、やや不眠症です。

やる気というのは文章の創作活動で、つまりブログの更新や詩を書くことなんですが、いろんな考えが巧くまとまらない。または巧くまとまりすぎて、なんだかただの綺麗事にしかみえないのが厭というプチスランプ状態です。

若い頃に内向的に自分の思考回路を掘り下げすぎて見えすぎてしまった後遺症のようです。そんなこんなで人様の文章ばかりを読んでは感心しているという体たらく。でもそういう時期なのかな。吸収する時っていうか。

さっきビートたけしがテレビでこんなことを言ってました。「夢がなくたって生きる権利はある。バカだって笑って楽しく生きれればそれでいい」という感じのことを。なんだか心が軽くなった気がしました。「夢を持って生きなくてはならない」という上昇志向はともすれば強迫観念に近いのかも知れないですね。

幻滅しないためには、はじめから期待しなければいい、極論するなら世界は最悪であるという絶望から始めればいいのと同じように。夢を持った途端に、結果が見えすぎてしまって、絶望してしまうというのもありますし、必ずしも夢を持つのがいいことではないのかもという、自由な発想の転換というか柔軟性というか余裕のある器の大きさも必要なのでしょう。

2008年08月08日 (00:20)

不変

どんなに目標を達成したとしても、その結果、居る場所は結局のところいつもの現在で、その現在に佇むしかない。それならば「変わる」ということは実はそれほど重要じゃない気がしてきた。なぜなら変わる前も、変わった後も、そこが今、自分のいる場所であるに過ぎないことには変わらないからだ。
Calendar
07 | 2008/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
Category
Recent Entry
Monthly Archieve

Appendix


内部リンク

Connect

Twitter
Links
RSS
Search
登録ツールズ+
Visitor

リンクを画像表示
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
言言言言言言言言言言言言言海海海海海海海海海海海海海波波波波波波波波波波波波波列列列列列列列列列列列列列
リンクフリー・アンリンクフリー。無断転載・無断利用を禁止します。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。