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2007年08月23日 (13:01)

目の前の花と、心の中の花

よくみる夢のひとつに、写真を撮る夢がある。
撮ってもメモリーに記録されなくて
起きてからがっかりすると判っていながら
眼前の風景に魅了されてやみくもに写真を撮る夢。

とても言葉では言い表せない風景を撮っている。
残らないのに、なんで写真を撮るんだろう?
と、あきらめ半分にそれでもカメラを構えている。

でも最近、なんで写真を撮るのかわかってきた。
その理由は多分、なんでもう二度と観もしない
TVを録画するのかだとか、聴きもしないCDを
iTuneに録音するのかだとかいう理由とも
共通するところがあるようだ。

いやないかな…。これはあくまで夢の話だから。
夢の中の素晴らしい風景は二度と見ることができない。
もしもう二度と見ることができないとわかっていたなら
果たして一度だってその素晴らしい風景を見たいと思うだろうか?
というのが最近の妙な悩みだ。
決してそれを人生の比喩として考えたくはないのだけれど。

最初から何も見なければ、もう一度見たいと
想いを馳せることもなく、平穏に時は過ぎるのに。
それだからいつでも、もう一度でも何度でも見れるようにと
撮られた風景は、いつ観るとも知れないビデオテープや
ハードディスクの隅にただただ右から左に受け流されている。

もう頭の中に焼きついているから、何度だって見れるよ。
でも実際に見るのとはなんか違う。
目の前の花と、心の中の花
心を見れば目の前には咲かず、目の前を見れば心には。
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2007年08月01日 (11:48)

寝転がりながら音楽を聴く。
白昼夢のような感覚。
私は音から抽象的なイメージや哲学的思考、
ときとして気韻のみに近い風景。
例えば草原を疾駆するイメージ。
雨の中。
もう二度と出逢えないような気韻が訪れそうな。
予感に絶望する。
それはもう決して行くことのできない夢の入口。
素晴らしき風景。一度しか見ることができないなら。
見たくない。
そんな風景が広がりそうで、
その風景を抽象的で幾何学的な、
普遍的なイメージに置換することで安堵する。
そしてそこから何かしらの
哲学的思考。
トランペットの音から、その指の動きを
蝶のような羽が
表裏をゆるやかにひるがえる。
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