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2007年07月27日 (23:42)

ずっと続いている夢

夢の続きは見ないものだというが、私は何年も続いている夢がある。妻のでてくる夢だ。私は夢の中の人生ではなぜか結婚している。

そして妻がいる。顔も見たことがない。存在すら見たことがない。ただ空気を感じる。いまのいままでそこにいたという気韻だけがいつもそこに残っている。そこは見たこともない懐かしい、明るい木もれ陽のあたる公園だったり、どこかの家の明るい陽射しの入る台所だったりする。

何かを私に伝えたくて見る夢なのだろうか。私はこれからも夢の中の人生を送るのだろう。決して逢えない妻の残像を感じながら。

ふと思った。

もしかしたらもう見えていたのかも知れない。その妻はあの眩しい光そのものだったんじゃないかと思った。次に夢を見た時は、眩しい光をじっと見つめてみよう。そして気づけなかったことをあやまろう。照れくさそうに光がゆらめいても、決して妻の姿には逢えなくても、その光は私にとって生きて行く為の希望になるから。
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2007年07月27日 (23:20)

昨日、宇多田ヒカルの好きな東京MXTVを観てたら、
ある雅楽師が語っていた。
以下、適当に再現。

私は努力をしたことがありません。
壁を乗り越えようと思ったこともなければ、
壊して進もうと考えたこともない。
壁があったら、横に行きます。
壁は壊す為でも、乗り越える為のものでも
あるのかも知れないけれど、
私にとっては横に行きなさいという道標なのかも知れない。
案外、横に進んだ方が、本来、進むべき道で、
横道や隙間なんかが見つかることもあるんです。
だから明日はまったく別のことをしているかも知れない。

でもそれでいいんじゃないかな。

決まった道を進んで、幸せに安定していても
人はその中にさえ不安を見出してしまうものだから、
いっそ不安定で、何が起こるか分からない未来こそを
楽しみ。生きて行くに値するものなのじゃないでしょうか?

この壁も、あの壁も、その壁も
もしかすると私を導く、みちしるべなのかもしれない。
なにか壁に対する壁が壊れた気がした。

2007年07月26日 (21:38)

眠気

nemuke1.jpg


ブックオフで偶然見つけた本。筒井康隆監修『眠気をあやつる本』

眠気を誘う小説としてバブリング創世記が載っている。一見意味不明なカタカナの羅列なのだが読んでみるとこれが面白い。ハナモゲラ文学である。

意味のない言葉たちが読み進めるごとに生まれて、やがてその意味不明な言葉によって世界が構成されてゆく。意味のあるもので構成されているこの世界。やや、この世界ももしかしたらそんな意味のないものでできているのかもしれない……などと思えてくる。

妹が遊びに来たので見せてみると興味を示して音読しはじめた。

「ドンドンはドンドコの父なり。ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、ドンドコドン、ドコドンドンとドンタカタを生む……」

2007年07月11日 (10:53)

牛乳パックは平等だ

牛乳パックは平等だ
リサイクルされるのは私だ
何かを拾うために 何かを捨てる
涙と血は同時には持てない
プラスマイナスゼロ
ぐしゃぐしゃと転がる頭
手を伸ばしても届かない
いらないから捨てる
リユースされるのは思い出だ
まだ何も拾わない
牛乳パックは空っぽだ
こんがらかった線が指を切る
リデュースするのは私だ
両方持つと牛乳になる
飲み干しても 飲み干しても
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2007年07月06日 (21:21)

可能、蓋然、必然

もしかしたら世界は絶望に満ちているのかも知れないけれど、ひょっとしたら希望があるかも知れないという、その考えがぜったいに正しいということは言えないけれど、絶対に間違えているとも言えないことが、唯一の救いだったのは、おそらくそこに何かしらの希望を見出せた証だったのかも知れない。もしかしたらスキップしながら絶望していただけかも知れないけれど、たぶんあの時は、絶望しながらスキップしていたんだ。ぜったいにこんがらかってしまった糸は自然にはほどけないけれど、きっと世界はたった一滴の涙でほどけなくする靴ヒモみたいなもんなんだ。たぶんもうほどけない。さあ、走りだそう。

2007年07月03日 (10:12)

悪夢

ひさびさにエレベーターの悪夢を見た。ひとりでエレベーターに乗り「1 2 3」階までしかないので「>2<」と変なボタンを押すと、もの凄い勢いで上昇し始めてなかったはずの9階まで昇り扉が開いた。真っ暗な闇のなかに車が止まっている。どうやら屋上の駐車場のようだ。

こんなところには用はないと面倒くさそうに扉を閉じて下降ボタンを押すと、今度はもの凄い勢いで下降しはじめた。まるでスペースシャトルに乗って宇宙から地球に戻る時並の勢いだ。私はエレベーターの中で腰が抜けたようになり座りこんでしまう。でも不思議と恐怖よりも、なにかとてつもないエネルギーが沸いてくるような気を感じた。

いつものエレベーターの悪夢なら、いきなり横に動き出して、いつのまにか地下鉄になっていたりして外が見えずに不安になるのだが、今回は無事に希望の階に降りることができた。希望の階はスニーカー売場だった。だがなかなか自分に合うスニーカーが見つからない。

因みに現実では環境問題に配慮してなるべくエレベーターを利用しないようにしている。
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