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2012年06月10日 (10:48)

日曜日の夢

二度寝。心地良い夢。どこかの小さな神社。昔ながらの店。子供の頃、ここのお祭りに友達と来たなと偽物の記憶が作られて思いだした。木のテーブルが外にならんでいて、人がひとりふたり。乗ってきた自転車を傍に置いて、その店で買ったらしい、冷やしたぬきうどんを食べようとして目が醒めた。

気取った感じのまったくない、オープンテラスというのはなかなかない気がした。偽物の記憶がいともかんたんに作れて、それを疑えないということは、将来的には心地良い記憶を作る装置ができるのかもなぁ。そういえば昔、記憶を売りつづけて、消されてゆき、自分が誰なのかわからなくなった男の話を思いだした。
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2011年02月25日 (21:25)

超夢

最近、言葉を紡ぐことが少なくなった。なんだか全てが理屈のような、感情でさえ、誰かの借り物のような気がしてならなくて、もうすべてが既出なんじゃないかとさえ思えてむなしく。それでも考えることを終了しているわけではないようで、不思議と夢の端々に教訓めいた示唆が発現する。

些か恥ずかしい感情を否めないが、iPod touchの今日の夢日記から抜粋してみると、

「前略…最後のたどり着いた小さな丘は、もう一人の女子が探していた場所と同じで、空を見上げるとあり得ないほど高いところに虹。好き、と告白する。よくよく考えてみれば私も、背が高いとか、お金持ちとか、理由があって好きになったわけじゃないと言われる。後略…」

以下、脈絡なくフラグメント


理由を超える唯一のものが愛なのではなくて

むしろ理由を超えたものが 愛なのではないか

その差異は何かと問われれば

理由を超えたもの ただそれを 愛と名づけただけであり


詩が言葉を超えるのではなく

むしろ言葉を超えたものが 詩なのではないか

その差異は何かと問われれば

言葉を超えたもの ただそれを 詩と名づけただけであり


いまだもって名づけられてないものは

その周りにある全てによって 排他的且つ包括的に措定される


では現実は夢を超えるだろうか。

否、すでに夢は現実を超え、また現実は夢を超えている。

君とあなたがお互いを超え合おうとするならば、

君が現実だとするなら あなたは夢だ

だから夢が現実になることなどは永遠にない

2011年02月13日 (16:49)

夢の中の人生の記録

1月15日

夢の中。とあるスーパーマーケットのような場所。そこにある陳列棚を観るともなく視ては物色している。見慣れたお菓子のパッケージが違う?なんだかゴージャスになっている。いたるところに置かれたお菓子のパッケージが、高級な感じにバージョンアップしているようなのだ。メーカーが一斉にイメチェンするとは思えないし、もしかしたら世界そのものがバージョンアップしているのかも知れないと直感する。スーパーマーケットから出て、空を見上げなくては!素晴らしくなった世界の姿を早くみたい!そう思い立って、駆け出そうとした途端に目が醒めてしまいそうでこわい。私自身ももしかしたらバージョンアップしているのかな?どんな風に?きっと目が醒めたらわかる筈。…目が醒めても何も変わらなかった。素晴らしい世界に通じるあの扉をもう開くこともできない。

2010年12月24日 (06:49)

心を写す手段

夢の中。ミニチュアの箱庭を写真におさめると、まるで本物のどこかの外国の風景になった。素晴らしい景色の数々は、覚醒を前にして、いつものようにメモリーからパソコンに移す際に、やはり消えてしまう。しかし待てよ、この心に焼きついた光景だけは、目が醒めた後も残るではないか。どうしてもこの風景を残したい。そうか画家は心の写真家なんだ。写真ではなく、写心という意味で。多分、こんな夢を見るのは、昨日の晴れ渡った日に写真を撮らなかった後悔からかも。

2010年10月24日 (03:57)

一年一組

エントランス付近。警備員の電話の取り次ぎが遅いので、私は一年一組からやり直すことにした。席順は1番目ではあやしまれるかも知れないから、真ん中付近の一番前の席に決定する。あまりにも大きめな図体に皆が注目するが、先生は許してくれる。このあふれ出てくる知識が、羨望の的になるはずだという期待と不安。先生は指名手配犯の記載されたわら半紙を頒布するが、こっそりと先生の鞄の中を覗くと、隠された銃の形は、その資料と一致していた。この男が犯人だ。教室を出て行く先生を、ひとりの男が教室の外から捕らえようとすると、気づいた先生が本性を現し、特殊な能力で捕らえられた男がもがいている。もうひとりの女がそれを見て、助けようとする。先生はひとりの男の指先に、光のワームホールのようなものを発現させて、その内部にある虚構の世界に捕らえてしまう。慌てふためく男と女のふたりをほくそ笑むという先生の構図。教室の世界の外側が、突如消えて、先生だけが虚構の世界に取り残される。初めて異変に気づいた先生は、逆に捕らえられていたことに気づく。危なかった。こうして私は、自分の小さな部屋の片隅に、三角形の穴を手に入れる。そこには無限にループする袋があって、その袋から湧き出る、同じパターンをした小さなドラえもんのぬいぐるみのようなものが宛延と湧き出している。それを三角形の穴に注ぎ込むと、それが再び袋から湧き出る。その過程の中に、時折、別の物体が混ざっていて、私はそれを摘出することに喜びを覚える。数種類の食糧。ジャージなどの衣類。古い写真のネガ。私はそのうちの古い写真のネガを現像して、外にある皆が集まる郵便ポストがならぶ「とある橋」に、赴き、先日の先生宛のポストに投函する。戦時中に焼けたはずの、在るはずもないネガ。その写真。過去の先生を撮った、自身さえ記憶にない写真の数々を捲る毎に、不思議と感動の波動に包まれる。私は一年一組からやり直して良かったと、「とある橋」にいたこないだの女にゲームの進捗状況を話した。その女はまだ男からあるアイテムが投函されないのをぼやいていた。そうだな、もしあの袋からそのアイテムが出てきたら投函してやろうかなと考えながら、橋をあとにするが、すでにそのアイテムが何なのかも忘れていた。話を聞いていないいい加減なやつだと思われるかもなと、いらぬ心配をしながら、目が醒めた。

2009年11月15日 (23:54)

空虚

今は海で空き瓶は浸かる いつかを想い大地に立てば 大いなる海原に沈んだ今は見えない 空に溢れた海は大地を砂漠に変える 今にある砂を手に取れば海に沈む

2009年08月26日 (01:02)

宇宙をつくる小さな装置

scope1.jpg


「これですよ、これ」
と言って彼女は取り出した。
その装置はあまりにも複雑すぎて誰も、その表層を見ることはできなかった。
仕組みは簡単で、その装置は彼女の心とエンタングルメントしているに過ぎなかった。結果、因果律は因数分解されて、あらゆるフィルターが瓦解して露呈して、コノテーションとなった心象風景が投影されていた。

「この世界は、あなたの心がつくりだしているものなんだ」
それなら世界を嫌うことは自分を嫌うことにも似て。その装置をのぞくと宇宙をのぞいているような気分になった。その装置が及ぼす影響以上に、彼女の心がその装置に影響を与えているなど知る由もなく。声に合わせて、動きに合わせて、光が踊りだした。四方八方に、広がる波紋をみて、素直に美しいと思い、目が醒めた。

「夢、か…」
と言って彼は取り出した。
時が止まっていたかのようにガラスケースの片隅に眠っていた、名も知らないスコープ。
その装置はあまりにも複雑すぎて、その表層を見ることはできなかった。
仕組みは簡単で、中はからっぽのように思えた。つまり青空のようなもので、宇宙のようなもので、彼自身のようなもので。

2009年08月18日 (22:54)

難解夢

夢の中。傷だらけの計算機をじっと眺めている。
それは普通、とても無意味なことだろう。

すると突如、とてつもない洞察を得てしまう。
それはうまく言葉では表せないので、
過程を綴ることで、その感覚の想起が可能かを模索する。

などといいつつも、一言で表すならば、
「如何に自分の目で見ることができるかが大事」
難解な対象を、自分なりに{解決・解釈}できれば、
それは「たやすいもの」として措定することができる。

ディゾルブ。全く無関係な、洞察が混入する。
具合がよい場合しか、想定しない。
具合が悪い場合の方が圧倒的に多いのに…。

傷だらけの、本来、望ましい状態ではない。
それがまったく恣意的に、計算機と結びつき、
まったく不条理にも、それを眺める夢のなかの光景が、
ある種のリアリティによって私を束縛する。

逃げられない現実。
傷のひとつひとつ、その意味は難解だ。
そしてそれがなぜ計算機と共示され得ているのかは
難解を通り超えて、不条理である。

ただじっと眺めることしかできない。
そしてそれだけが道標であるようにさえ思えてくる。
つまり恣意的であると云うことは、あらゆる場合に於いて
効力を持ちうる洞察となる。

ただじっと眺めればいい。
難解なものなどはないはずだ。
答えのない問いはないから。
問いのない答えはない。
答えも問いも私自身である。
私が私を知ることが、全ての答えを知ることである。

そんな難解な夢を見た。

2009年05月16日 (07:12)

ピアノ

はじめは巧そうに見えるように弾きはじめた。
次第にボロが見えはじめた。
それを誤魔化すように力任せに弾きはじめた。
生命をかけて、大きな音を出した。
意外にもそれは情熱的で、魂がこもっていると感じた。
音は高鳴る鼓動、力だけで、力尽きるまで。
弾き続ける幸せに酔いしれた。
そんなピアニストを探そうと、目が醒めてから思った。

2009年05月04日 (10:41)

無と有の狭間

この世界には
あるものとないものの間のものがある。
それはとても大切なもので
たとえるなら夢のようなもの。
消えてしまうけれど、その時には確実にあるもの。
たとえるなら、ひとつの人生のようなもの。
全てのものは、何かの間にある。
あるもので、ないものができていて。
ないもので、あるものができている。
それはたとえるなら愛のようなもの。
あるものとないものの間のものがある。
それはとても大切なもので、
見えないもの、気づけないもの、感じられないもの。
それが確かに今ここにある。

「それがこの夢である」

プツッ、とテレビを消すように現実に戻った朝
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